THE 有頂天ホテル

ディギュスタシオン・コメディ

「ラジオの時間」「みんなのいえ」に続く三谷幸喜監督作第3弾。1932年に公開され、"グランドホテル形式"と呼ばれる様式を確立した映画「グランドホテル」をモチーフにした作品。大晦日のホテルを舞台に30人近い登場人物による9つのエピソードが交錯し、年明けのカウントダウンに向けてそれぞれの物語を展開させていく。
群像劇を得意とする三谷幸喜の最骨頂とも言うべき脚本の完成度である。大人数が交差するため、それぞれの登場人物の持ち時間は短いにも関わらず、どれもこれもキャラがしっかり立っており、忘れられないインパクトをしっかり残している。加えて30人もの登場人物が入り乱れているのに、途中で訳が分からなくなることなどないよう、物語も整理されまくっているので非常に見やすい。あまりに見やすいので見落としてしまいがちだが、これだけの登場人物と物語を同時に動かすことはそうそう出来るものではない。高度な構成力と人間観察力が豪華キャストという名の食材の旨味を余すところ無く引き出していると言って良い。超一流シェフの手さばきを見せられたような気持ち良さだ。
また、劇中でYOU演じる歌手がニール・サイモン×ボブ・フォッシーによるブロードウェイ・ミュージカル「スウィート・チャリティ」の劇中曲「If My Friends Could See Me Now」を歌うシーンがあるのだが、このシーンがえらく素晴らしい。YOUが歌うと言えば、フェアチャイルドでのキッチュな姿やコントでのおちゃらけた姿しか想像出来なかったが、本気でジャズを歌うと非常に艶っぽくて何とも味わい深いのだ。ミュージカル女優としても全然やっていけるだけの実力があるのではないだろうか。元シンガーとは言え、普段真剣に歌うことがないからこそのギャップ。この辺のキャストの意外性も上手い。
ただ、いつもの三谷作品と大きく違うところは、複数の事柄を交差させながらも、全ての伏線をひとつに収斂させていき、最後に大きな笑いや感動を生み出す従来の手法を今回は排していることだ。最後にはカウントダウンパーティを行うという到着点はあるが、全ての物語がそこに向かって動いていくわけではない。それぞれの登場人物が、それぞれのストーリーを行き、それぞれの結末を迎える。よって、小さな笑いや感動を味わうことは出来るが、爆笑に次ぐ爆笑というカタルシスは得られない。豪華で盛大なディナーというよりも、一口サイズの料理を沢山つまむ、ディギュスタシオン・スタイルなコメディと言えるだろう。一流ホテルという舞台と30人もの豪華キャスト。どうしても派手な印象を与えがちな謳い文句で、蓋を開けてみれば小粒な笑いの連続のまま終わってしまったのでは、肩すかしを食らったと感じてしまう人もいるだろう(個人的には派手さにこだわらず小技を効かせたスタイルには好感が持てたが)。熱心な三谷ファンであればあるほど、この部分の評価は大きく分かれるところである気がする。