クラッシュ

眼前の真実をファンタジーとして昇華する手腕の巧みさ

昨年アカデミー賞を獲得した「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本を務めたポール・ハギスの監督デビュー作。多民族が蠢き合うL.Aを舞台に、36時間という時間の中でいくつかのエピソードが並列して同時進行し、20人近い登場人物が互いに衝突(Crash)し合うヒューマン・ドラマ。本年度のアカデミー作品賞を初めとして6部門にノミネートされている。

物語の根底には「人種差別」というテーマが存在しており、作中でも全編に渡って差別から起こる衝突の連鎖を描いているが、その「差別」を「元々ある問題」という漠然とした記号として扱わず、「見知らぬ他人への偏見から生まれる恐怖」と位置づけることで安易な二元論に落とし込んでいない。出てくる登場人物一人一人は、自分の置かれている状況により「善」にも「悪」にもなる。最初悪人だと思っていた人物が意外な行動を取ったり、終始「善い人」だった人物が最後に思わぬ結末を引き起こしたりと、多面的な人間模様を見せていて面白い。

また、構造も登場人物同士の衝突が起こる度に、物語が次のステージに移行し、再び衝突を経て更に次のステージへと移行するという螺旋型の構造を取っている。様々なバックヤードやエピソードが乱立する最初の方は、物語全体の絵を捉えてそれを追うのに必死だが、徐々に収斂されていくため、大勢の登場人物が入り乱れているにも関わらず非常に見やすい。そうして行き着く先で提示されるのは、一種のファンタジーとも言える結末だ。それまで徹底的にリアルな問題と実情を伝えながらも、最後の最後で「僕たちにはまだ可能性がある」という温かい視点を差し伸べたこのまとめ方は、「甘い」と一笑に伏されてもおかしくないものではあるが、そう言った「甘さ」をストーリーの中継ポイントである「衝突点」でそれぞれ解体しているので飲み込みやすい。正しいか間違っているかは別として、少なくとも監督がどう思っているかというひとつの答えが観客に明確に提示されているという点では、問題提起だけを投げかけて、投げっぱなしで終わった「ミュンヘン」よりは明らかに評価に値すると思う。この結末を提示するために、この映画は様々な要素が複雑に絡み合って出来ている「差別」という大きな問題を、ストーリーを語りながら順番に解体し、最後にファンタジーに昇華させることで再構築している。その手腕はあまりに巧みで美しい。多重的な人間模様と、精密に計算された交響曲とも言うべき完成度だ。

重いテーマを扱っているだけに地味目で暗い印象を与えてしまっている本作だが、非常に見やすく作られているので、少しでも興味が湧いた人には是非見ていただきたい作品だ。自信を持ってオススメする良作である。今の時代に必要なのは、一人で鬱々と悩んで先を見出せないまま終わる物語ではなく、人間と人間が本気でぶつかり合って未来を見つけることだと思う。互いに怒って憂いて泣いて笑う。そんな当たり前の感情を僕たちはいつの間にか避けているのではないだろうか。もちろん、それが全てじゃない。けれど、可能性を生み出すのはいつだってコミュニケーションだ。僕はそう信じてる。