ラストデイズ

死に行く者の圧倒的な絶望

「エレファント」でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞した、ガス・ヴァン・サントカート・コバーンの最期の48時間をモチーフに制作した最新作。劇中にはブレイクと呼ばれる一人のカリスマ・ロック・アーティストが登場するが、ボーダーのシャツ、破れたジーパン、サングラスなど、ファッションを見る限りは完全にカートそのもの。モチーフにしたとはいいつつも、これは完全にカート・コバーンの最期の48時間の物語だと言っても良いだろう。とは言え、そこは常に尖っている作品を世に送り出すガス・ヴァン・サント。ただの伝記物になるはずもなく、この映画では明確なストーリーは一切放棄され、カリスマ・ロック・スターの栄光や、彼が陥った絶望の背景なども描かれていない。何の脈略もなくコラージュ的に彼の最期の時間を淡々と追っているだけだ。主人公は登場したときから既に廃人で、泥だらけのパジャマでぶつぶつ呟きながら森を放浪し、川に飛び込んで放尿をする。別荘に辿り着いても、症状は一向に落ち着かず、電話に出てもろくに話せず、女性の下着の上にコートを羽織り、ライフルを持って家中を徘徊するなど、徹頭徹尾どうしようもない人間。その淡々とした脈略も文法も放棄した映像の向こうから見えてくるのは圧倒的な絶望感だけだ。どう説得しようとも、どう勇気づけようとも救えないと言う圧倒的な闇。死ぬしかないと言う絶対的な答えが冒頭から提示されたまま、その結末に向かって目眩くスピードで映画は落下していく。そこには世界中のファンを今も惹きつけるカリスマ・ロック・スターの姿はなく、いるのは全てに疲弊し、負けきった一人の弱い男だけだ。そのあまりの悲惨さに怒る人もいるかも知れないし、嫌悪感をむき出しにする人もいるかも知れない。けれども、変に持ち上げて彼の虚像をいたずらに膨らませるよりも、死の欲望に負けた弱さをしっかりと捉え、描くことで、この映画ははっきりと「生きろ」と伝えてくれているような気がする。何よりも泣けるのは、薬物中毒と酷い鬱症状で他人とろくに口を利けなくなっている主人公のブレイクが、感情を吐露するシーンは全て歌や演奏でのみ語られているところだ。森の中でたき火をし、夜空を眺めつつ「故郷よ」と祈るように歌う姿、魂を削るようにギターノイズを垂れ流し、部屋中のたうち回る演奏シーン(かなりの迫力であるにも関わらず、ずっと引きの映像で撮ることで、彼の叫びが既に誰にも届かない様を見事に表現している)、そして特筆すべきはラストにアコースティック・ギターを手に自分の心情を歌い上げるシーンだ。この曲はブレイクを演じたマイケル・ピット自身によるオリジナル曲らしいが、本当にカートが乗り移ったのではないかと言う程、リアルに突き刺さる。最初から最後まで完全な廃人という難しい役所を見事に演じきっているだけではなく、ここまで役に成りきっている彼の演技力は映画の是非は兎も角として、純粋に評価するべきだと思う。
最後に、思いっきり余談ではあるのだが、ソニック・ユースのキム・ゴードンが役者として出演しているというので結構楽しみにいたけれど、出演シーンは案の定少なく、芝居自体もそつなくこなしちゃってるのがちょっと残念だったかな。