Sound by iLL / iLL

Sound by iLL

ナカコー・コード

SUPERCARのナカコーによる新プロジェクト「iLL」。限定販売のレコードをこっそりとリリースしたものの、その正体も思惑もほとんど謎のままだったが、この度正式にアルバムを発表し、遂に全貌が明らかになった。一聴すると前述したサンプルレコードとほぼ同じで、ボーカルレスなエレクトロニカともアンビエントとも取れる電子音が飛び交うインスト作品集だ。SUPERCAR時代のソロプロジェクト、NYANTORAがビートレスなラフスケッチとも言える音の断片のみの集合、プリミティヴな衝動そのものだったとするならば、これはそれらを組み合わせて「曲」というフォーマットに流し込み、「作品」に仕上げたという感じだろう。ただ、その「作品」としての組み合わせ方はサンプルの時より研ぎ澄まされ、意図が明確になり、より深みを増したように思える。一見無関係に飛び交っては消える音の断片が、有機的に結びつき合い、いつしか大きなネットワークを形成していく。明確なストーリー性もポップネスも一切放棄されているが、シナプスの連結を思わせる広大な音のネットワークからは、作り手側の見ている風景や感情がダイレクトに伝わってくる。音のひとつひとつの鳴り方、配置、構成には全て意味があり、それらを読み解いていくことで、ようやくその全体像を捉えることが出来るのが、この「iLL」と言うわけだ。安直に歌詞やメロディに共感性を求め、それらに泣けるか泣けないかという事のみに重点をおいて判断されがちな最近のポップカルチャーに対する強烈なアンチテーゼとして投げかけられた作品であることは一目瞭然であり、その手法としての作品の完成度も勿論評価に値すると思うのだが、狙いに対してこの作品自体が持つ壁はあまりに高すぎる気がしてならない。

そもそもそうした「ポップに対するアンチテーゼとそこからの目覚め」という挑戦はSUPERCAR時代から行われてきた作業であり、SUPERCARはあくまでもアンチを叩きつけながらも、常に新しいポップミュージックの形を提示することでその道を自ら指し示してきたバンドだった。しかし、このiLLが示しているのは新しい音楽の可能性であっても、ポップミュージックの可能性ではない。何が「ポップミュージック」かという定義にもよると思うが、少なくとも万人受けではないとはっきりと言える。王道に対し、同じ視点でいながらも「そうではなくてこういう道もあるんだよ」と平行したもう一つの道を切り拓いてきたSUPERCARは、それ故に多くのリスナーやミュージシャンの意識に変革を起こすことが出来た。だが、iLLの見ている視点は現在の音楽シーンを高みから俯瞰し、そこで黙々と別次元の音楽を提示しているようなものである。確かに可能性は感じるが、魅力的かと言えばそうでもない。音楽から得られる情報そのものを重視したあまりダイレクトになりすぎてしまい、逆に受け手側に対して壁を作ってしまっている。

誤解しないで欲しいのだが、僕はこのiLL自体を完全に否定いるわけではない。ナカコーが見ている風景も、目指す場所も僕になりにしっかり感じ、それに共感していた上で、彼の才能ならもっと別のやり方で新たな道を切り開けるのではないかと期待しているのだ。どうあれiLLはまだ始まったばかりのプロジェクトだ。ここからどういう進化を見せるのか、今はただ見守りたい。