涙そうそう

涙そうそうを聴かせるための壮大な前振り映画

BEGINが作曲、森山良子が作詞を手掛け、夏川りみのカヴァーで一躍世間に浸透した名曲「涙そうそう」をモチーフに制作されたのが本作。若くして亡くなった森山良子の兄を想って書かれたという詞になぞらえ、沖縄を舞台に血の繋がっていない兄妹の強い絆とほのかな恋心を描いた物語だ。主演には妻夫木聡長澤まさみ。脇には麻生久美子小泉今日子など日本映画界を支える布陣を配置という鉄板とも言うべき組み合わせ。これで泣けないわけがないだろうという匂いがあちこちから漂ってくるが、実のところ泣けるかどうかと聞かれたら、正直かなり微妙だ。

涙そうそう」の歌詞の内容から「兄が死ぬ」と言う結末が明確に提示されているストーリー構成上、どう見せるかという落語的な「語り」の技術が問われる作品であるにも関わらず、この作品はその「語る」と言う手法にほとんどと言っていいほど力を入れずに、主役の兄妹の二人の存在感がどれだけ出せるかという方に演出のベクトルを向けているため、全体のバランスがかなり偏っている。確かに主演二人の好演による自然体なやり取りとそこから醸し出される空気感は、二人が本当に沖縄に生まれ育った実の兄妹であるかのような錯覚さえ引き起こさせるが、肝心のストーリーの方がすっかり使い古されたものなので目新しさがない。ありきたりな設定で迎えるありきたりな困難。それに対するありきたりな葛藤を、全て「舞台が沖縄」というその一点でのみでフィルターにかけ、目新しく見せようとしているに過ぎない、かなりお粗末なものだ。用意したプロットのプロットポイントと「泣かせる」フラグを黙々と消化するだけの流れ作業な物語は、中盤からかなりの停滞感を見せ、最初から見えている結末をどんどんと遠ざけていく。そうして、すっかり観客が疲れた頃に急転直下で突然クライマックスを迎えるので、あまりの性急さに気持ちが全く追いつかず呆然としてしまう。淡々と綴られるエピローグを見ても全く泣けず、最後に「涙そうそう」がかかった頃に漸く気持ちが追いついてくると言う、かなりの時間差を要する感動だ。もっと言うなら「涙そうそう」を聴かせるという、ただそれだけの為に2時間使った壮大な前振りと言ってもいいだろう。そのせいもあって、観賞前と観賞後とでは「涙そうそう」の聴こえ方がまるで違い、後者の方が圧倒的に感動的に胸に響く。しかしだからといって、その感動にこの映画のシーンがリンクするかと言えばそうでもなく、「かなり微妙」な感動だけがもやもやと残る。

役者面では長澤まさみの存在感がやはり強すぎるというのが正直な感想だ。今回妻夫木聡と共演することで、漸く相手役とのバランスが取れるかと思っていたが、妻夫木聡を持ってしても、長澤まさみの前では存在感が薄れてしまう(物語の構成上、彼の方が圧倒的に出番があるにも関わらずだ)。もちろん撮る方の意思も十分に反映された結果だろうが、あまりの存在感に、どこを見ても「長澤まさみのグラビア」に見えてしまうのは、この場合マイナスだろう。存在感の大きさは女優としては必要な要素だが、オーラがありすぎると言うのも、また問題だと思う。後は、ロックファンにはちょっとしたサプライズですが、長澤まさみの失踪する駄目親父役(しかもかなり重要な役)で中村達也が出ています。トランペット吹いててだらしなくて超駄目親父なんだけど、超カッコイイです。これは必見。