運命じゃない人

クラシックでありつつも、最前線

運命じゃない人 [DVD]
とある一夜を5人の登場人物の視点から追ったヒューマン・コメディ。低予算ながら、カンヌ国際映画祭でフランス作家協会賞など4賞を受賞するという快挙を成し遂げた本作だが、実際かなり良く出来ていて、見終わった後の満足度はかなり高い。新人監督ながらの粗さや突っ走り気味な部分も見え隠れしているが、それらも含めて去年公開された日本映画の中では間違いなくトップクラスに入る完成度であることは保証する。
カットカットの科白や演出が特別テンポが速いわけではない。むしろ、冗長に感じる程長回しなシーンも多かったりして、ビリー・ワイルダーなどのクラシックなアメリカ映画を思い起こさせられたりと(冒頭の先輩から「部屋貸してくれよ」と頼まれるシーンは名作「アパートの鍵貸します」のオマージュと思われる)、最初は一見保守的で懐古的な古き良き映画をただ踏襲しただけの作品のように思えるのだが、物語の視点が別の登場人物に切り替わり、別の位置から再度その場面を振り返ると、無駄に思えた背景の一部や会話にも全て意味があることに気づかされる。同じ時間内の話を別々の登場人物の視点から描くというのは既に何度も試みられており、すっかり使い古された手段だが、多くの場合、奇を衒う、もしくは何でもない普通の作品を普通に見せないための小細工として使用されるばかりで、「時間軸を操る」というそれ自体に意味を持たせている映画は少ない。同じ時間を何度も別の視点から繰り返すことで、そのシーンに隠されていた別の意味の種明かしをし、物語の奥行きをぐっと広げているのだ。つまりは、この映画に無駄なシーンも無駄な会話も無駄な演出も一切ない。同じシーン、同じ科白、同じ動きをしているのに、登場人物の背景が変わるだけで、その全ての意味が変わってくる。派手でハラハラドキドキするような展開は表面的には一切起きないが、角度によって解釈の変わるシーンのひとつひとつは実にスリリングで、パズルのピースがはまったかのように心地よい。精密に引かれた設計図と計算され尽くされた登場人物の動きで、実に巧みに一夜の出来事を立体的に描写し、視野の広い物語を見せることに成功している。同じように多くの登場人物を交差させて、一夜の出来事を描き出した作品に「THE 有頂天ホテル」があるが、ほぼリアルタイムという制限された時間に大勢の人間を詰め込んだが故に、どうしても平面的にならざるを得なかったこちらよりも、人間の裏の裏のそのまた裏の心情だったり、意外なところで意外なことがリンクしていたという「必然の偶然の面白さ」を見せたこちらの作品に僕は軍配を上げたい。
運命じゃない人」は、クラシックな映画を愛し、クラシックなものに多大な愛を捧げつつも、そこに確実に新しさを盛り込むことで攻めている。今風の言葉遣いも現代的なカルチャーも世相を斬った風刺も一切ないし、暴力、エロなどの挑発的な要素も全くない。しかし、人間の根元的なおかしさと悲しさを詰め込んだ描写はいつの時代にも変わらない普遍的なものだし、それをこういう形で切り出して見せたことは非常に現代的だと思う。まさに「温故知新」という言葉がとっても似合う傑作だ。スピード感で誤魔化された演出と、小手先で作られた「面白い科白」の応酬に踊らされる作品が多い中、こうやってしっかり作り込まれた作品が出て来て、それがしっかりと評価されているのは実に素晴らしいことだと思う。目先のポップさだけに囚われている映像界にも演劇界にも強烈なカウンターパンチになっているのではないだろうか。