宇宙戦争

最初と最後だけ見ればいい映画

宇宙戦争 [DVD]
H.G.ウェルズのSF古典をスティーブン・スピルバーグが再映画化(53年に一度映画化されている)。スピルバーグが久し振りにパニックスリラーのメガホンを取ると言うことと、主演を務めるのがトム・クルーズと言うこともあり、「スターウォーズ エピソード3」と並んで今夏話題となった作品である。
100万年前から異星人により地中深く埋められていたマシーン「トライポッド」が突如として姿を現し、圧倒的な力で人類を抹殺し始める。成す術もなく逃げまどう人々。主人公レイは、離婚した元妻から預かった二人の子供を守りながら、必死の逃避行を続ける…。
序盤のトライポッドが姿を現し、街を次々と破壊するシーンはさすがはスピルバーグと言いたくなる映像の迫力。エンターテイメント映画の監督としての演出の中に「プライベート・ライアン」で手に入れた徹底的なリアル描写を交え、絵空事でしかない「異星人の襲来」というシチュエーションを現代のアメリカに持ち込むことに成功している。様々なジャンルを渡り歩いてきたキャリアの集大成とも言うべきクオリティだ。この段階では本気でスピルバーグの復活を確信したのだが、中盤以降の展開が急速に失速。トム・クルーズ演じる主人公のレイは元妻のいるボストンを目指すのだが、それ以上の目的がない。異星人と闘おうという意志もなく、ただ逃げ続けるだけだ。それに加えて驚異的な迫力で迫ってきたトライポッドの殺戮シーンや軍との闘いも直接的な描写が無いため、映像としてもつまらなくなってしまう。見せないことで「見えない恐怖」を描こうとしたのかも知れないが、序盤にトライポッドを見てしまった観客としては、急激なシフトチェンジに物足りなさを感じる。
また、物語には何事からも逃げているだけの駄目男だったレイが、異星人から息子と娘を守るために、ひとりの男として父親として目覚めるという核が存在はするものの、そこの描写も甘いので引っかかりが弱く、ストーリーが一本調子になってしまっている。レイが闘わずに「守る」のは父性の目覚めというテーマに即したものだと考えられはするものの、かと言ってただ逃げているだけではやはり2時間の物語としては成り立たない。実質レイの手によってトライポッドを一体倒したりもするのだが、それも彼の意志というよりは成り行きという部分が大きい。その上、最終的には地球側が何の手を打つこともなく異星人側が勝手に自滅する(前触れも伏線もなく)ので、結局彼らは何がしたかったのか、物語がどこを目指して居たのか分からないまま映画は完結する。というか、このオチに関しては原作のものをそのまま採用したものだが、100万年も前から現代の科学力を凌駕する殺戮兵器を地中に埋めて置いた異星人が、その程度のシュミレーションも出来ていなかったのかと脱力してしまうほど情けない。原作が発表された1898年なら通用したオチだっただろうが、これを現代にそのまま再現するというのは如何なものかと思う。結果として、「宇宙戦争」は最初の殺戮シーンと最後の10分を見ればそれだけで済む映画だ。
僕を始めとして80年代から90年代に思春期を過ごして来た人で、スピルバーグの映画を一度も通っていない人なんてほとんどいないと思う。彼は溢れんばかりのイマジネーションとアイデアを総動員したエキサイティングな映像で、エンターテイメント映画に革命を起こし、現在のVFXを使った「デジタル映画」の確立にも大きく貢献した功労者だ。彼なくして今のハリウッド映画はないと言っても過言ではないほどその功績は大きい。だが、それほどまでにアイデアに溢れた監督だったからこそ、最近の単調なストーリーと演出には落胆を感じずにはいられない。本人としてはすっかり世代交代を終えて、ご隠居気分なのだろうか。それならそれでも仕方ないが、もう一度「攻めた」映画を観たいと思うのは僕だけだろうか。スピルバーグはまだ58歳だ。勇退するには早すぎる。