Baby I Love You / くるり

日常が紡ぎ出す、最大限の愛の歌

Baby I Love You(初回限定盤)(DVD付)
正直なところ、前作「アンテナ」は良さが余りよく分からなかった。確かに「バガボンド」の斬り合いのようなバンドサウンドはダイナミックで凄まじいまでの殺気を放っていたし、修行僧の如く求道の果てに打ち出した日本ロックは、名実共に日本のシーンのトップを飾る程のクオリティを誇っていたのは間違いない。だが、「アンテナ」は非常に堅すぎた。強度が恐ろしいまでに高いことも含めて、孤高且つ無敵とも言うべきロックサウンドは、その固さ故にどこか一点が綻びれば一瞬で崩壊する脆さも兼ね備えていたし、実際にドラムのクリストファー・マグワイアの脱退により瓦解した。完璧すぎるというのは、それだけで弱点でもある。更に求道のあまりに辿り着いた地平はあまりにも狭く、ポップネスを失い、結果的には一般のリスナーを突き放したかたちとなったのもまた事実だ。一般受けするものが必ずしも良いとは思わないが、くるりの最大の魅力はふとした日常に潜む幸福や狂気を音として吐き出し昇華することだと思っている僕には、感情も狂気も全て削ぎ落とされたかのような「アンテナ」の世界からは、くるり独特の愛も狂気も感じられず、少し残念な気持ちになったのをよく覚えている。
二度目のドラマー脱退により、どうあれ新モードに突入しなくてならなくなった彼ら。このままくるりは何処に向かうのかと不安になったし、そろそろ解散かも知れないと諦めにも似た気持ちもあった。しかし、周囲の不安を振り払うかのように、くるりは続けていくこと、歩いて行くことで道を示した。そして、葛藤と試行錯誤の果てに「シンプルな感情をストレートな歌に乗せて届ける」と言うことを一度瓦解したロックから新たに芽生えさせたのだ。
Superstar」「赤い電車」に続く、歌もの三部作(?)シリーズ完結編。今年のフジロックで初披露されて、苗場の空を美しく吹き抜けていった極上ポップスがついに音源化された。フォーク調のメロディに乗せて淡々と紡がれる日常と、透明感溢れるコーラスが絡み合うビートルズ風味のサビで祈るように吐き出される「Baby I Love You」という言葉が強く胸に響く珠玉のメロウチューン。隣にいる誰か、いつも話しかける誰か、一番大切な誰か。歌の視点はどこまでもパーソナルでミクロなのに、そこから見えてくる感情や世界はもの凄く広い。それはきっと、大切な誰かに向けて発する「Baby I Love You」という言葉は、誰もが持ちうる感情だからだ。サウンド的には非常に大人しくなってはいるが、このミクロからマクロを打ち抜く詩の世界はとてもダイナミックでロックだと思うし、「アンテナ」が見せた景色よりも壮大で美しく感じる。ここまで突き抜けた音楽に回帰したのは、恐らくSINGER SONGERの活動が大きく影響しているのだろう。遊び感覚で始めたフットワークの軽いバンドが、すっかり重くなっていた「くるり」というバンドの肩の力を抜いてくれたのだと思う。ここまで歌うことに特化したくるりは恐らく「TEAM ROCK」以来ではないだろうか(そして歌心の純度は最近のモードの方が遥かに高い)。
くるりが今鳴らす愛の全貌は来月発売されるニューアルバム「NIKKI」にて明らかになる。人を斬り殺すようなロックも確かに凄いが、殺さずに語りかける方が実はずっと難しいのだ。彼らは刀を仕舞い、話し合うことで新時代を切り開こうとしている。不殺の決意と人を守る強さ。くるりが手に入れたしなやかさに、僕は早く触れてみたい。

現在、オフィシャルサイトにて音源のフル試聴が可能(10/31までの期間限定)。気になった人は要チェック。